地蔵寺縁起

《地蔵寺縁起》
当寺は、天平九年の春、行基菩薩の開基にて本尊地蔵菩薩も行基菩薩の御手刻の御尊像にて女人安産守護の為、此地に安置なされたもので、子安地蔵と称します。天正九年信長の勢、信孝による高野攻の時兵火にあい、地蔵堂は焼失いたしましたが、御本尊は人里離れた山中に難をのがれたのを村人によって発見なされました。その地「かくれがた」なる地名現存いたします。

 そののち紀伊大納言頼宣公によって、お堂を建立なされ地蔵尊を安置し、正保五年田園弐町歩を本尊香花の費に供養なされた。そののちも南龍院様十一ヶ度に及ぶ御参詣をなされた。それより、安産の御利益に浴するもの多数なり。